皆さんは諺(ことわざ)に「虎の威を借る狐」というものがありますが、ご存じでしょうか。これに関して今回は現代の社会にこれを照らし合わせて考えてみたいと思います。
そもそもこの諺の意味は?
weblio辞典によると
「権力者の力を頼みにして威張る小者を意味する故事成語」とされています。
例えば、社会的に地位や名声のあるA氏と、この人に労使関係で仕えている(例えば秘書など)B氏がいたとして、B氏がA氏の地位や名声を振りかざして威張っているとしましょう。この場合B氏は「虎の威を借る狐」ですし、A氏は「狐に威を借られた虎」ということができます。
以下では、この上記の例をもとに考えていきます。
威を借る狐はどうなっていくか
例で挙げた状態の狐(B氏)にしてみれば、自分はほとんど力を持っていない(可能性が高い)のに、力を持っていると錯覚し、威張った態度や横柄な態度を取ったり、まるで自分のことのように自慢したりします。
いわゆる謙虚な心を忘れた「驕り」です。
また、自分が力を持っていると錯覚することで、必要最低限のことしか行わず、向上心や自分の技術を磨くことを忘れてしまう可能性があります。
「人の力で驕るだけ驕って自分磨きはしない」このような状態を周りの人が見たらどうでしょうか。おそらくほとんどの場合、いい気分はしないでしょう。
しかし、多くの場合、社交辞令というものがありますから、それに阻まれてそのことを本人を目の前にして口に出すことはありません。当の本人は周りから真にどう思われているかを知る術はほとんどなく、唯一あるとすれば直接相手に聞くほか方法はないでしょう。
威を借りれなくなった狐はどうなるか
威を借りれている間は、狐にとって良い立ち位置が継続することになりますが、うまい話はたいていいつか終わりが訪れます。
例えば、他動的なものでいえばA氏からの解雇通達やA氏に不幸が起こった場合、自発的なものでいえば転職など、いつかのタイミングで「レールの敷かれていない電車」のようになり、自分でそれからの道を決めていかなければなりません。
例えば、B氏がA氏の元を離れて自分で自由に仕事がしたいと思ったとして、転職活動をしているとしましょう。
それまで仕えていた中で驕ることなく、自分磨きを行っていれば、自分自身に力がついていますから、次の道も問題なく探すことができそうです。しかし、仕えていることに満足し、なにもしていなかった場合、自分自身になにも力がなく、路頭に迷うことが考えられます。
このような場合になってしまったとき、やっと自分が「仕えている人の力を借りているに過ぎない人間だった」という事実に気づきます。
現代は狐という「個」が重視される時代に
一昔前までは、一流と呼ばれる企業に属して、その中で働いていれば、それなりの地位が与えられ、金銭面でもほとんど困る事はなかったでしょう。
しかし、現代は激動の時代。最近ではコロナ関係の問題もありますが、一流の企業に属していたって、安泰とは限りません。
また、副業やテレワークなど働き方も多様化しつつあり、特に副業にみられる特徴として、属している会社というよりは「個が持つ技術や知識」に焦点がシフトしてきています。こうなるとどのようなことが発生するか。会社の中では、ある程度の地位の人でも、個で見た場合、なんの力のない人として見られることが起こり、社会的に通用しないようになる可能性があります。

驕りが生み出す哀れな狐
虎の威を借る狐状態だったB氏がなぜ、力のないに人になってしまうのか。それは、ひとえに「自分に驕りすぎていたこと」が原因と考えられます。
人間だれしも環境変化がなく、安定して生活できるところ、いわゆる「ぬるま湯」に居たいと思います。ましてや人の威を借りてぬるま湯で過ごすなんて、本当に気持ちがいいものでしょう。
ですが、そこから向上心が生まれることはほとんどありません。そして向上心がなくなったが最後、全く自分のスキルを上げようとか、知識を高めようという発想に至らず、結果、力のない人になる可能性が高いです。
自分が威を借りていた狐だといつかは気づけはそれで問題ない
では、「威を借りて驕っている状態」と気づいた場合にはどうしたらいいでしょうか。
もう手遅れだからと放っておきますか?
これは肌感覚でもわかりそうですが、気づいてもそのままにするべきではありません。そのままにしてしまえば、面倒なことは回避できます。しかし、前述した通り、今後なにかあった場合に泣くのは自分です。
当然、自分の現状にいち早く気づける方が得策ではありますが、遅く気づいたとしても大した問題はありません。むしろ自分の状況に気づけないことがよっぽど問題です。自分の状況を鑑みて、その状態であることに気づけることが何よりも重要なのです。
自分の現状を受け入れ、人に頼ることなく、自分の価値を高めていくこと。それが今後の社会を渡り歩く上で重要なことなのではないでしょうか。
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