そろそろ、脱「後回し」しようか。

生活

「千里の道も一歩から」

このことわざを聞いたことがあるだろう。

個人的にはかなり核心をついたことわざ、と思っているが、皆さんはどう思われるだろうか?

こんなの聞いてもなんも思わないよという人もいれば、確かに核心をついていると、共感してくださる人もいると願いたいところ。今回はこのことわざを題材に、掘り下げていこうと思う。

そもそもこのことわざの意味は?

小学館のデジタル大辞泉によれば

遠い旅路も第一歩から始まる。どんな大事業も手近なところから始まることのたとえ。千里の道も一歩より起こる。

デジタル大辞林より

とされている。

辞書の解説もかなり簡単な言い方だが、さらに簡単に言うと、

始めなければ始まらない

ということではないかと筆者は理解している。なんだよそんなの当たり前じゃんと思ってしまいそうだが、それは事実で本当に当たり前のことしか言っていない。

当たり前を当たり前にできているか

では、この当たり前のことを言っていることわざだが、これを目の前にしてあなたはその当たり前を実践できているだろうか?

例えば仕事、自分に課された仕事があれば、それは始めなければ終わらない。仕事はその対価として給料を貰うため、「やらないで大丈夫!」とはならないので、いやいやでもやるだろう。

では、仕事ではなく、”私事”であったらどうだろうか。

例えば、掃除を考えてみよう。

掃除は仕事と違って対価がある訳ではない。あるとすれば綺麗になった時の清々しさぐらいだろう。

ただ、この清々しさは、生活する上で絶対必要ではない。少し家が、部屋が汚くなって生活は可能だ。このため、仕事と違い、すぐに取り組む必要が無いのが現状である。これに該当しない例としては、ゴミ屋敷の場合だ。こののようになってしまえば、直ぐに片付ける必要があるだろう、、

すぐに取り組まなくてもいいので、先延ばしにしてしまう傾向があるのも事実。そうすると、綺麗になるどころか、先延ばしにしたせいでまた新たな汚さが生まれ、汚くなることに拍車をかけてしまうことになりかねない。

また、いざやり始めても途中でなにか別のものに目がいってしまい、掃除のことなんかそっちのけでほかのことに熱中してしまうことが多々ある。掃除中にクローゼットの奥から出てきた卒業アルバムなんてものはその最たる例だ。

このままではいけない、掃除をしなきゃと思って行動を起こせればいいのだが、「まだ大丈夫」と言っていつまでもズルズルと先延ばしにした経験、ないだろうか?

ここだけの話、筆者は一人暮らしをしていた時はこの典型例だった。幸いにも近隣住民から苦情がくるほど、というわけではなかったものの、同時の自分を思い返してみると後回しの達人だったと自負している。

今回は後回しをしてしまうことに関して掃除を例にあげたが、勉強、連絡など、様々な部分に置き換えて考えることができる。

一時的には楽になる、でも

先送りにしたことによって、その時点ではやる必要が無いため、楽になるのは間違いない。掃除であればその時はわざわざ体を動かしたり、掃除機を用意したりする必要がない。しかし、よく考えてみると、根本的な掃除をしなければ行けないという部分の解決には至っておらず、いつかやらなきゃいけないという事実は残ったままなのだ。

やれば、おわる

それに対してすぐやった場合はどうだろうか。一時的には掃除をしなければならないため、少なからず労力が必要になり大変である。

しかし、掃除をしてしまえばそれで自分に課されたタスクは終了するため、

「あ、そういえば掃除しようと思ってたんだった」

とずるずる考える必要がなくなります。何か気になることがあっては色んなことに集中して取り組めなくなるもの。すぐにできることはすぐにやって、自分を悩ますタネを少なくすることで、生活しやすくなること間違いなしだ。

ほとんどが思い込み

いざやろうと思っても、行動に移す前にこれは大変なんだよ…と想像してしまい、やっぱりするのやーめた、という経験をしたことは誰しも一回はあるはず。

しかし、この想像の多くは誇大表記しているだけで、実際は思ったより簡単、安易なことがほとんどだ。特に自分が嫌なことに関しては嫌な方に誇大した想像をする傾向がある。

つまり、実際よりも辛い、大変と自分の中で勝手に思ってしまうのだ。やってもいないのに、やったあとのことがわかるのだろうか。よく、そんなのやらなくてもわかるという人がいるが、それは大間違いであると筆者は考えている。やってみなければ分からない、だからやってみることがなにより大事なのだ。

”やる”と”やらない”の間では雲泥の差がある。そこを超えることで最初は抵抗とかを感じるだろうが、ゆくゆくは自分の生活のしやすさに還元されていく。

矛盾しているようだが、これが正しい

「めんどくさいことはすぐやる」

矛盾しているようですが、これは自分の生活を楽にする大前提だ。

人を取り巻く環境は目まぐるしく変化し、悩みの種は至る所にある。こう考えるとどれから手をつけていいか分からなくなりそうだが、手近なところから手をつけていけばいい、ただそれだけだ。

そしてそこからどんどんと成功体験を生み出し、自分の中で習慣づけをして、すぐやるという習慣が身に付けばこっちのもの。その先には暮らしやすい生活が待っているだろう。

かくいう筆者も前述した通り、後回しの達人になっていた時期があったが、一念発起し、すぐできることはすぐするように心がけて行動をするようになった。そうすると、頭の中で絶えず考える必要のあることが少なくなり、とても爽快な気持ちで生活ができるようになった。

半信半疑の人が多いかと思うが、ぜひ騙されてほしい。そして、すぐやることによって、快適な生活を自分のものにしてほしいと思う。

生活
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