他の人との比較のしすぎは要注意!

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世の中にはたくさんの人がいます。小さな島国である日本でさえ、約1億3000万人の人が暮らしています。その中で若い人もいればご年配の方もいらっしゃいますし、お金持ちの方もいればそうでない人もいて、多種多様です。

そんな現代日本の人(特に若者)は自分以外の他の人と比較してしまう傾向が強いように思われます。今回は「幸せ」を例に人との比較について考えていきます。

なぜ他人と比較するのか

例えば、「今、幸せですか?」と質問を投げかけられたとしましょう。

もしこの記事をお読みのあなたであればどのような答えを返しますか?

「幸せです」と何も迷わずに答えるでしょうか。

はたまた「よく分からない」とか「全然幸せではない」とお答えになるでしょうか。

上記の問いかけにどのように答えるか、それはさほど重要ではありません。その時の置かれた状況によって答えはいかようにも変化しますので、決まった答えがないのは当たり前です。

では、今度は「なぜそう答えたのですか?」という質問を投げかけられたとしたらどうでしょうか。

何者とも比較せずに答えにたどり着いたでしょうか?それとも他者と比較して答えにたどり着いたでしょうか?おそらく前者の人は少なく、後者が圧倒的に多いのではないかと思います。

なぜ自分の状況を把握するために他人と比較する必要があるのでしょうか。個人的に考えるにそれは、自分の状況を図る尺度が自分自身になく、手っ取り早く自分の置かれた状況を把握するには他人と比較することが簡単だからだと考えています。

近年では、twitterやインスタグラム等のSNSが目覚ましい発達を遂げており、他者と気軽に交流ができるようになりました。その結果として、容易に他者の様子が分かるようになったこともこの状況に拍車をかけているでしょう。

他者と比較するとどうなる?

比較対象のあいてよりも自分の方が勝っていると思った場合は、適嫌な気分にならないと考えられます。むしろ適度な優越感を感じられるのではないでしょうか。

では、自分の方が比較対象の相手よりも劣っていると感じてしまった場合はどうでしょうか。優越感ではなく、なんだか劣等感に苛まれてしまうのではないでしょうか。もしくは、その相手に「追いつこう!」として、さらに「幸せだ」と感じるであろう立ち位置に登り詰めようとするでしょうか。後者の場合は向上心が生まれるという側面で考えればいい影響かもしれませんね。

向上心とも捉えることができますが、誰かと比較することは「足ることを知れない」という側面もあります。他者との比較は、自分の状態を絶対的に評価するわけではありません。絶えず比較対象は変化しますので相対的になります。つまり、比較する対象が変わればまた比較をすることになります。

足りることを知らない=いつまでたっても満足できない

ということになりますので、いつも何かに不満を持って生活を送ることに繋がることも考えられます。

・自分が幸せだと思えればそれが幸せになる。

幸せとは非常に不安定で、定まった形がないものです。お金を持っていることが幸せと感じる人もいれば、お金はあまり持っていないけど、時間的・精神的な余裕や、家族との時間を過ごすことなどが何よりの幸せとを感じる人もいます。

では、そういう人は幸せの定義をどこで決めているのでしょうか。おそらく、何かを比較対象とすることなく、自分の中で「これが自分の幸せ」と決めているのです。自分の中で決めていれば、絶対的な評価ですから、その幸せは揺らぐことがありません。

比較対象を見つけず、自分のうちうちで満足するという面で向上心がないと言えばそうなります。しかし、比較対象がいるあまり、自分の現状に満足できないことは、自己肯定感が生まれにくく、時につらくなることもあります。ですので、他者との比較も大事ではありますが、それと同時にどこかのタイミングで足ることを知ることが幸せを感じる上で必要なことなのではないでしょうか。人の幸せの感じ方は全て同じということはあり得ません。他者と比較しすぎることなく、自分の中の幸せを探して楽しい生活を送りましょう。

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