そろそろ「テレワーク」って言葉やめませんか?

最初に明確にしておきたい点は、私はテレワークに賛成派であり、テレワークで効率が上がる企業はどんどん取り入れるべきであると思っている。

その上で「テレワーク」という言葉をやめようというのが私の主張だ。

もちろん 完全に無くしてしまえとまでは思っていない。問題提起の一つとしてお付き合い頂けたら幸いだ。

なぜ「テレワーク」という言葉をやめるべきなのか

「テレワーク」という言葉をやめるべき一番の理由はテレワークを普及させるためである。

何を言ってるんだこいつは?と思った方もいると思う。

一見矛盾していることを言っているのだから当然だ。

ここで考えて欲しいことがある。はたしてテレワークとは何なのだろうか?

特別な働き方? 上流階級の働き方? 未来の働き方?

私はどれも違うと思う。

テレワークは仕事をする場所が固定されないというだけであり、仕事の本質は何も変わっていないのである。

タイプライターがワープロになり、パソコンになったのと同じなのである。

最初に戻るが、なぜテレワークを普及させるために「テレワーク」という言葉をやめるべきなのか。

それは、「テレワーク」という言葉をスローガンのように使うことで、物凄く特別な印象を与えてしまうからである。その結果一部の経営者にはどこか遠くの話のように扱われ、普及が遅れてしまうのである。

特にメデイアは間違った煽り方をやめるべきであり、テレワークは働き方の一つで珍しいものではないことを強調しなければらない。

(出来れば「今時テレワークは普通だよね」という空気を作って欲しい)

そもそも「仕事」とは「どこ」でするもの?

そもそもなぜ「仕事」を「会社」でする必要があるのだろうか。

こんな事を言ったら即社会から退場させられそうだが、皆さんは考えたことがあるだろうか。

産業革命の頃から「仕事」は「会社」でするものであり、現代人はその固定観念がある。そのため、考えたことがあるという人は少ないのではないだろう。

私としては「仕事」が遂行できるのであれば「場所」はどこでも良い。

むしろ自分に最適な環境を作ることができるので、環境要因での生産性低下は無くなると考えている。

そろそろ「テレワーク」って言葉やめませんか?

結局何が言いたいのかというと「テレワーク」で有ろうと無かろうとそれが「仕事」であることに変わりなく、テレワークが一般化して欲しいと思っている。

社会が「テレワーク」を特別なものだと捉えているうちは「テレワーク」は普及しない。まずは自分がテレワークを普通のもの、当たり前だと思うようになるところから「脱「テレワーク」」を進めたいと思う。

と、いいながらも働き方の区別としては分かりやすい表現なのでこれからも「テレワーク」という言葉にはお世話になるだろう。

まとめ?

なんだかよく分からない文章が出来上がってしまった。

個人的にはテレワークは大賛成で、通勤なんて糞食らえと思っている。

ただ、世間が「テレワーク」「テレワーク」と騒いでいるうちは普及しないとも思っているので是非当たり前過ぎて触れられないようになって欲しい。

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